人間の暇な時間の潰し方

人間は、どのように時間を潰すか。例えば、次の電車まで1時間余の時間があったとする(日本の田舎、鹿児島では、このようなことが当たり前に起こる)。
彼はスマホで連絡先の一覧を見る。チャットアプリの友達一覧には数百の親しい人や、連絡先を交換したその時だけ知人だった人たちが並んでいる。彼はその中から適当な人を探す。今から彼がかける電話を受け付けてくれそうな人間だ。そのような人たちに片っ端から電話をかけていこうというわけだ。
彼の電話は現状の報告から始まる。今、駅にいます。次の電車は何時です。家に帰り着くのは何時です。といった具合だ。どのような人に対しても、その部分は不変で、必要不可欠のようだ。そこで共感を得られるかどうかが彼にとっての一番の心配事なのである。驚くべきことに、その報告と軽い挨拶だけで電話が終わることもある。
ある時、電話の相手は気の合う友達だ。会話は、この前に遊んだときのエピソードについて思い出しながら話すことから始まり、次に遊ぶことを約束して終わる。またある時は学校の先輩だ。彼は世間一般の多くの人と同じように、上下関係なく人と親しくなれる一方で接する上では上下関係を重んじる。会話の中程から終わりまで、話の主役は常に先輩側である。なるほど、これが人間の上下関係というものだ。
私は彼の電話する様子を観察して文章を書くことで時間を潰している。どちらのほうが有意義で、どちらのほうがそうでないという関係はない。また、どちらか一方が優れているということもない。私の文章は彼の行動に依存しているが、それと同時に、彼の行動の永続性も私の文章に依存しているのである。彼の電話の相手のほとんどは電話が切れたあと、すぐに彼との電話のことを頭の隅に押しやって別のことを考え、何日か立つと忘れてしまうからだ。
以上が、ある2人の人間の時間の潰し方である。